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2021年7月のアーカイブ

恐怖の鬼死骸村

2021/7/5

先日、うちの奥さんの実家で岩手に行ったついでに気になっていた珍名?の一関にある「鬼死骸村」という地域に行ってきました。

場所は一関市街地から南へ降り、花泉へ向かう途中の真柴地区です。

4号線から曲がって程なく鬼死骸バス停と停留所の待合室がありました。

ちょうど着いた時、若い女性が10人くらい屯ろしていました。
この場所は常にこんなに人気スポットなのかと驚きましたが、五、六十代の男性が一人混じっていましたので、おそらく引率の大学の教授だろう。

だいぶ密になっているので、ここを後にして、鬼死骸停留所から約650mほどの鬼石へ向かいました。

田んぼの真ん中にドーンと大きな岩がありました。これが鬼石だそうです。

鬼石は「延暦20年(800年)族長大武丸は坂上田村麻呂捕えられ首をはねられ、その死骸は大石で覆われた。その石を《鬼石》と呼び、その地が《鬼死骸》と呼ばれるようになった。」とあります。

坂上田村麻呂が征夷大将軍として蝦夷征討のためこの地の豪族、大武丸を討伐したのがこの地名の由来だそうです。

さらに200mほど移動して800年に坂上田村麻呂に勧請されたという鹿島神社へ行ってきました。

急な斜面に鳥居があり階段も急でした。

山の中にひっそりと佇む神社という感じでした。

さらに1kちょっと移動して、
細い道を奥へ奥へ進んでいくと
鬼死骸八幡神社があります。

こちらの名称は地名から来ているもので、
伝説とは関係ないようです。

おそらく震災で鳥居が崩れたのでしょう。

そこから戻って、停留所からほど近い、

あばら石を見ました。

それぞれの岩に名前の看板が用意されているのですが、その時はまとめて置いてあったので(並べてはみましたが、どれが正しいかはわかりません)

やっと鬼死骸停留所に戻ってきました。

ここは実際の停留所ではなく、観光用に保存会の方々が作ったのだそうです。

名前はおどろおどろしいけど、のどかな田園風景にある停留所です。

現在もNTTの柱にその名残を確認することができます。

中には記念スタンプなど設置され、昔の地図や地名の解説などがありました。

私も記念にノートに記入。

あ、さっきのはやっぱり大学生。
「宮城学院女子大学日本学科一行」とありましたので、
私も1人でしたが御一行と書かせていただきました。(笑)

「子」が抜けてる(笑)


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