仙台人が仙台を好きになるブログ(熊谷屋ブログ 駄菓子屋さんです。)

へくり沢 地形(3)

2013/10/17

土橋の名残り
現在、土橋は北三番丁から十二軒丁に対して丁字にぶつかる形ですが、これまでの話のように、いろいろな変遷を遂げて現在の形になりました。
ではその名残りはまだあるのだろうか?かつて沢だったところは住宅が建ち、沢の名残りはあるものの昔の土橋の名残りなんて考えもしなかった。もちろん今と昔で土橋の位置が異なることを知らなかったのだから当然だ。
現在の土橋の東側に下方へ降りて行くけもの道にも似た径がある。下の住民の近道かな?くらいにしか思っていませんでしたが、その径は下からの登ってきて二手に分かれ土橋の両端へ続く。この二またの径がちょっと不思議には感じてはいました。

実はこの二またの径が昔の土橋なのだとか。(詳しくはわからないので仮説といたしましょう)そうだとすると下へ降りる径はへくり沢沿いに河口まで辿り新坂へ続く径と考えると納得がいく。(仮説)

橋というものは対岸から対岸へ架けられるというイメージ、もしくは古地図上では平面のイメージだが、実際は沢の斜面を少し下って下の方で橋を架けていたようです。
それはおそらく沢の深さもさることながら対岸への距離もあり普通に橋を架けることは困難だったからなのでしょうか。
そして二またの径の北側へ伸びる先は現在の道には合流せずに右にカーブし再び左にカーブして土橋通へと繋がっていた。その左にカーブして土橋通に繋がるところはおそらく現在白い建物が建っているあたりだと思います。建物の沢側はかなりの崖になっていますが、昔、その下にも家があったので建てる際に削って切り立ったのでは。だから以前はもう少し緩やかな傾斜だったのではないかと推測される。


明治26年の仙台測量全図にもまだその跡が載っているのがわかる。

大正元年の地図では土橋通と北三番丁とがぶつかるところで少し突き出ているのが名残か。(現在の道路とほぼ同じ)

現在の同場所(北三番丁から十二軒丁を見た写真)

今回の講座で今と昔のへくり沢周辺についてある程度正確なイメージが掴めたような気がする。
そして今までモヤモヤしていたことがだんだん晴れてきました。


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